共同体感覚:Gemeinschafts gefühl は難しい。

Gemeinschafts gefühl いわゆる共同体感覚、血縁社会的な繋がりの雰囲気というか横の関係の付き合い方というか自己執着を押し付け合わない雰囲気というか、協力しあって生きる覚悟というか、いろいろな言い方があるし、感覚なので一言では現せない。

それを実践して生活するのはもっと難しくて、常に意識して、しかも仲間と学び続けて修正していかないとすぐ忘れてしまったり変な方向に行ってしまう。

自分でも変な方向に行っているなと感じることがある、そんな時はやはり仲間のアドレリアンと話すことが大事だと思う。

しかし、縦の関係に陥っているのに気づかずに突っ走っている人やそれに気づかずその人と同化してしまう集団に取り込まれてしまうとそれはそれで問題だ。

だから少人数だけではなくいくつかのコミュニティに参加して交流して常に確認することが大事だと思う。

最近私が見た中には、自分の考えを押し付けようと批判的にグイグイ来る人がいて、相手のネガティブな面を指摘して、自分が正しい、相手が間違っているということを認めさせようとする人がいた(私個人に対してではなく集団内で)が、アドレリアンとしてはそのやり方はどうかと思う。注目関心ならまだいいが、私の感情からは怒りに近いものがあって権力争いになっているのではないだろうか?他の方の感情は分からないが。だとしたらまずは相手の神経症的策動に乗らないように権力争いから降りるのがセオリーだ。ただ、私自身はその不適切な行動に注目を与えていないので、私とその方とは権力争いにはなっていないが、注目を与えて反応してしまったら陥りそうだ。それほど神経症的策動が強い。そしてその内容はこれでもかというほどのレポート(これは私のレポートですが)。冷静に話し合うにはエピソードで語り合うのが良いのではないかと思う。

しかしやり方はどうあれ、その方もアドラー心理学を思っての善意の行動だし、アドラー心理学の仲間と学びを続けていけばそれらは良い方向に向かっていくと信じている。

私も昔は自分の正義を押し付けて、競合的に生きていたものだ。

自分も日々精進しなければと思わせてくれた一件だった。