どんな出来事にも必ず良い側面と悪い側面がある ある講習会を受けて
九州大学のある更新講習を受けた。
年に一回は義務付けられている講習のひとつだ。
時間は1時間、比較的長い。
内容は・・・私は心療内科なので内容は全く合わず興味は全くなかった(笑)。義務付けられているので内容より出られる時間だ。
退屈な時間を過ごし、いよいよ1時間、もう終わるかと思っていたら
ん????
全く講師の話すスピードや口調が変わらない。
5分超過・・・
焦りや急ごうという雰囲気が出てこなくて淡々と続く。
そして業を煮やした、参加者たちがポツポツと部屋を出て行く。
最初に参加登録しているので、出て行く時はcheckされないのだ。
そう思うと(規定の1時間)会場にいただけでも大したものだ。
10分超過・・・
全く普通の話し方態度だ。面白い!
出て行く人はさらに増え、会場は半分になった。
それをみていても全く意に介さない演者。
少なくなった周りを見ていると、2種類の人がいた(私の中で)
➀まだ終わらないのかとイライラしている人
➁演者と同じく(見た目は)雰囲気が変わらない人。
最後のスライドですといって演者が出された時は➁の人はホッとした雰囲気が感じられた。
しかし、その一つのスライドも全く急ぐ様子もなく、1スライドで3-4分話す。
15分超過、➁の人はやや陰性感情を出した感じで部屋を出ていく。
18分頃にやっと終わって終了かと思ったら、何と座長が質問を受け付けた!!
びっくりだ!!
座長も全く焦った様子はなく、平静そのもの、まるで時間が余ったかのように質問を受け付けているのだ。
その頃は会場は1/4〜1/5の人数になっていた。
この雰囲気で質問するものはなかった(空気を読んだ?)。
そしてさらに驚くべきことに座長が質問し始めたのだ!
座長の常識を覆す斬新な行動!!
世界を変える天才の一人か!
そして、演者も手短ではなく延々と回答を述べる。
もう一人の座長も止めるところか、自分まで質問し始めた。
どうやらこの部署の人たちは時間を守るという概念がないらしい。
「時間も押していますので」とか「時間を過ぎていますが」という言葉が一回も出てこなかったのだ。
ようやく25分を超過して終了した。
周りを見渡してみると、最後まで残った方は、メモを取っている人、自分の仕事に関係するもので興味がある人(雰囲気から推量)だった。
だから、イライラした様子はなく平静な態度だった。
これはすごいな!私なら自分の興味のある分野でもこんなに時間を超過したらイライラの一つもする。
私がそう思うのは、私が「時間は守るべきだ」「決められた時間内で仕事をしないといけない」「人の貴重な時間を奪ったらいけない」という私的感覚があるからだ。
どうやら、最後に残った人たちはこういう私的感覚がないか、それより「講座はどんなものでも最後まで聞くべきだ」「途中で退出するべきではない」という私的感覚が強いのか。非常に興味深かった。
そして、演者や座長はどんな私的感覚があるのだろう?
私とはかけ離れているため全く想像がつかない、話をしてみれば分かるだろうが。
一つの可能性は講演時間を1時間30分と勘違いしていた。
これなら「知らなかった」のであり、教えてあげれば解決するだろう。
1時間から1時間半まで演者を観察し続けていたが、全く時間を気にする(時計を見たり)そぶりがなかったのでこれはあり得る。
さすがに座長2人はそれはないと思うが、そうだとすると全く想像がつかない。
そして、会場は私と似た私的感覚を持った人は全員(と思う)去っていった。
この残った人たちは私とかなり違う私的感覚を持っているんだと思うと非常に興味深い。
面白過ぎて私の目は爛々と輝いていた。
最初は全く興味がない講演会だったが、こうして人間観察が出来たのは大変有意義な時間だった、参加して良かった!
面白いものが見れたとホクホクして帰っていった。
そんな人はいないんだろうが、多分(私の他には会場の人々を見渡している人はいなかったので)